カウンターテナー上杉清仁インタヴュー
ラ・フォンテヴェルデ公演で歌うモンテヴェルディのマドリガーレの魅力など語る

カウンターテナー上杉清仁インタヴュー

ラ・フォンテヴェルデ公演で歌うモンテヴェルディのマドリガーレの魅力など語る

uesugi

 

宗次ホールの会員向けDMに5月21日に同ホールで行なわれるラ・フォンテヴェルデの公演に向けてカウンターテナーの上杉清仁のインタヴューが掲載されました。自らの生い立ち、カウンターテナーという声、今度の公演で歌うモンテヴェルディのマドリガーレの魅力などについて興味深い話を披露しています。宗次ホールのご厚意により全文を転載します。

「モンテヴェルディは実はとても身近な音楽です」
カウンターテナー 上杉清仁さん インタビュー 
ラ・フォンテヴェルデのメンバーとして5月21日(土)&9月22日(木・祝)出演

男性の裏声で女声のアルトの音域をカバーする「カウンターテナー」の歌手は日本にまだそれほど多くありません。そんな中で上杉さんはバッハ・コレギウ ム・ジャパンなどに参加し、まさに第一線で活躍する日本を代表するカウンターテナーの名手です。今回のインタビューでは上杉さんが歌手になるまでの経緯、 創設期からずっと参加している「ラ・フォンテヴェルデ」と、現在進行している作曲家モンテヴェルディのシリーズについて伺いました。


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まずは「なぜカウンターテナー?」という話

○ 最初に「どうしてカウンターテナーという職業についたのか」ということについて、多くの人が気になるところだと思うのです。もともと歌が好きだったのですか?

● 母親によると私は2歳の頃におじいさんの杖をマイク代わりに「津軽海峡冬景色」を歌うのがお気に入りだったようです。全く覚えていませんが・・・。父は定 置網の漁師で、母は保険の外交員。音楽家の家庭とは程遠いもので、ピアノを習いたいと言っても、厳格な父は「そんなのは女のやるもんだ」と。初めて音楽に 触れたのは中学のときで、許しを得てフルートを習い始めたことです。ところがレッスンに通ううちに先生が「もっとそこは歌うように!」なんてアドバイスさ れるわけです。そこで、やっぱり「歌」は音楽の基本だと思って、歌に興味を持つようになりました。

○ しかし、地元高知大学の人文学部に進まれたと。音楽大学ではないんですね。

● はい、やっぱり両親としては「音楽では飯を食えないのだから、地元の大学を出て就職して、趣味で音楽を楽しめばいいじゃない」と。そこで、フランス文学科に入学しました。ボードレールとか、フランスの詩が好きで、その当時素晴らしい先生がいらっしゃったんです。

○ そこから大学院で音楽教育に進まれていますね。

● 大学3年か4年のとき、その後の師匠となる小原浄二先生が赴任してこられて、バッハのカンタータを演奏する合唱団を創立されたんですね。で、リコーダー奏 者が必要で、当時フルートと同時にリコーダーもやっていた私が誘われたんです。そのときに私がフルートの旋律を裏声で歌っているのを先生が聞いて「君はカ ウンターテナーだね」と。丁度当時、「もののけ姫」のテーマで米良美一さんが注目を集め、カウンターテナーという存在もようやく知られるようになったとこ ろでした。それもあって、「よし、やってみよう」と。ただやっぱり両親には「音楽の道に進みたい」とは言えませんから、「教育学をやるんだ」とか何か適当 に理由をつけて、大学院に進みました。

○ 小原先生が上杉さんを「カウンターテナーだ」と決められたわけですね。元々地声は高かったのですか?

● 少なくとも今よりは高めでしたかね。でもそんなに甲高いわけじゃないです。その後スイスに留学した時の先生には「普段の地声はもっと下げるように心がける ように。じゃないと喉を痛めるよ」とアドバイスを頂いて、意識するようになりました。今はその当時よりも低いと思います。また、カウンターテナーというと 何か特別な訓練をしないといけないと思われることもありますが、発声の基本、身体を使った呼吸法は変わりません。

そして声楽家の道へ…

○ 本格的に声楽を職業に、と考えるようになったのはいつのことですか?

● これは高知大学の大学院2年のとき、日本で唯一の古楽コンクールである「国際古楽コンクール<山梨>」で最高位になったときのことです。このコンクールで は過去に米良さんが同じく最高位を受賞されていましたから、とても嬉しかったですね。そして、なによりも高知が田舎だということもあるんですが、地元でこ のことが新聞などで大変話題になりまして、両親も周囲から「上杉さんの息子さん、凄いね!」と言われるうちに、息子は音楽の道に進むほうが良いのだろう、 と思ったようです。東京藝術大学の大学院に進むことについては何も言いませんでした。また、バッハ・コレギウム・ジャパンに代役として出演したのもこのコ ンクールの直後のことでした。ほぼ時を同じくして「ラ・フォンテヴェルデ」の前身となるグループにも参加・・・2001年のことですから、もう15年以上 もこのアンサンブルをやっていることになりますね。


○ その後さらにスイスのバーゼルに留学されていますね。

● 米良さんが道を拓いてくださったとはいえ、まだ日本ではカウンターテナーというのはマイナーな存在です。予断ですが、音楽大学の声楽科を受験する際、ソプ ラノとかバリトンのようには「カウンターテナー」の枠がありません。ですのでテノールやバスの枠で入学したのに実はカウンターテナーだった(!?)という 人も居て、そんな方を私は「隠れカウンター」と呼んでいます(笑)。そういうわけで海外で学びたいという思いはありました。

○ バーゼルはフランス語? あ、ドイツ語でしたか?

● スイスは公用語が4つありまして、バーゼルはドイツ語です。ですので、学部時代に勉強したフランス語が役に立たない。留学前には某有名語学学校の「お茶の 間留学」でドイツ語を集中的に勉強しました。朝出かける前にやって、また夜帰って来てやる、と。自分の都合に合わせて勉強できるんで便利だったんですよ ね。そうしたら、その学校のパンフレットに「こんなに上達しました」という受講生代表みたく掲載されました(笑)。

ラ・フォンテヴェルデの目指すもの

○ さて、話を上杉さんが参加している「ラ・フォンテヴェルデ」に移します。以前リハーサルの様子を見せていただいたときに、声だけで純粋な和音を作り上げるのは本当に大変なことで、まるで調律作業のようにも感じましたが、音程を合わせるというのは大変なことですね。

● 確かにそう感じられるかもしれません。でも私としては全く逆で、「合わせよう」とか「そろえよう」と思うと音楽が持つエネルギーが減ってしまい、良いもの にならなくなると思っています。ですので複数の歌い手が持てるものを全部出して「結果的に合った」というのが理想です。もちろんそれだけではうまく行くわ けでは無いのですが、そうなるようにするにはどうすればいいか、をいつも考えています。

○ カウンターテナーというのはこのような声楽アンサンブルの中でどのような役割をもっているのでしょうか?

● カウンターテナーは丁度真ん中あたりの音域を担当します。このことが意味するのは、女声2名と一緒に歌うときは一番下の部分で支える役割を果たし、逆に男 声2名と一緒に歌えば今度は一番上のメロディーラインを受け持つということです。そういう訳で、ある意味「何でも屋」として様々なことを引き受けなければ なりません。要求される音域も大変広く、時には男声のバスの音域に近いこともあり、大変難しい・・・。しかしやりがいもあります。

○ これは意外でした。カウンターテナーはアルトとテナーの間に位置する声部と一概には言えないわけですね?

● はい、よくラ・フォンテヴェルデのリーダー、鈴木美登里さんと「私たち何の歌手だろう、ソプラノ?アルト?カウンターテナー??」と話をします。つまり 「自分はソプラノ歌手なのでこの音域を担当します」という枠にはまらないのが、このルネサンスから初期バロック時代の声楽アンサンブルの面白さと難しさで あり、歌手の技の見せ所なのです。

モンテヴェルディの作品の魅力とは?

○ そして現在進行中のイタリアの作曲家モンテヴェルディのマドリガーレのシリーズについて伺います。この作曲家についてそもそも馴染みのない方も多いと思いますので、少し説明していただけますか?

● 一言で言えば、モンテヴェルディが居なかったらバッハも出現しなかったのではないか、と思われるほどの人です。しかし残念ながらバッハほどには知られてい ないですよね。モンテヴェルディはそれまでのルネサンス音楽の伝統的な技法に革命を起こしました。分かりやすい例を挙げると、それまでは避けられていた 「不協和音」を巧妙に使って、人間の苦しみや悲しみを積極的に表現しようとした点。それまでの調和を重んじる教会音楽から、もっと人間臭い音楽を作り出し ました。表現の幅が飛躍的に広がったのです。ですからモンテヴェルディのマドリガーレがあったからこそ、後年バッハのカンタータが生まれたといっても過言 ではないのです。

○ 毎回ラ・フォンテヴェルデのコンサートでは歌詞が字幕で出るのもいいですよね。嫉妬や失恋に関する詞も沢山出てきて、「昔の人も現代人とそう変わらないことで悩んでいたのだなぁ」と思ったりして・・・。

● クラシックというとただでさえ「古くて堅苦しくて」と思われがちですが、モンテヴェルディはバッハよりさらに150年くらい昔の人なので、余計に「古い」 「堅い」という印象で敬遠されるのかもしれません。しかし歌っている内容は字幕をご覧頂けばお分かりの通り、現代にも通じるものですし、なによりも「声」 を使って作り出しますから、本来はオーケストラのような楽器を使った音楽よりもずっと身近に寄り添う音楽だと思います。メロディーも、まるで現代のポップ スのように聴こえることがあるほどです。

上杉さんの意外な一面と宗次ホールのこと

○ いまや日本においては貴重なカウンターテナーの第一線で活躍していらっしゃいますが、音楽から離れているときはどのようなことをされていますか?

● 趣味・特技としては、5年半前から始めた太極拳。スポーツジムの半額キャンペーンにつられ、筋トレでもしようかな、と入会したんですが、気がついたら太極 拳にはまっていました。二段の免状に続き、昨年は指導員の資格も取得しました。今年は三段に挑戦します。先生からは「初心者の人の指導は上杉さんよろし く」と任されて、一体歌手と太極拳のインストラクターとどっちが本業なのかと(笑)。

○ 最後にこれまでに宗次ホールで歌った印象とお客様へのメッセージをお願いします。

● お世辞抜きで本当にいいホールです。お客様との距離感が絶妙で、2階席であっても遠く離れた感じがしません。そして楽屋ではカレーが注文できる点も (笑)。今年は5月と9月の2回、いよいよモンテヴェルディが起こした作曲技法の革命がはっきりとしてきた頃の作品で、とてもドラマティックです。一度聴 いていただければ、きっと親しんでいただけると思います。是非コンサートにお越し下さい!

(聞き手/宗次ホール:西野裕之 2016.4.18) 

上杉清仁 うえすぎ すみひと(カウンターテナー)
高知県出身。高知大学人文学部卒業。同大学院教育学研究科音楽教育専修修了。東京藝術大学大学院修士課程、並びに博士後期課程を修了し博士号(音楽)を取 得。スイス政府給付金、ローム・ミュージックファンデーション奨学金を得てスイスのバーゼル音楽大学・スコラカントルムに留学し、ゲルト・テュルク、アン ドレアス・ショル両氏のもとで研鑽を積む。
2000年古楽コンクール(山梨)において最高位受賞。あわせて『蔵の街』音楽祭賞を受賞。色彩豊かで柔らかい美声と深い表現力には定評があり、また、発 声学や発声解剖学にも造詣が深く、発声指導においても定評がある。声楽アンサンブル「ラ・フォンテヴェルデ」、ロゴス・アポカルプシス、Seven Tears Consort 各メンバー。桜美林大学芸術文化音楽専修非常勤講師。

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